高次脳機能障害支援コラム<2>

 

 「二重跳びできた!」「コマ回せた!」と冬休みに我が子たちはどんどんできることが増えている。2歳の末っ子もよく話すようになり、ますます賑やかな我が家。1回目のコラムでは日常のひとコマから大まかに脳機能について触れた。2回目のコラムでは支援について、生活をイメージしながら伝えたいと思う。

作業療法士という仕事

 私は作業療法士になり15年が経とうとしている。作業療法は対象者が望む生活の実現に向けて、身の回りのことや、楽しみにしていること、習慣にしていることなどを「その人らしく」取り組めるよう支援する仕事である。動作ができれば良いということではなく、着たい服を着て、好きな銘柄の珈琲を飲んで、好きな本を読む。そういった暮らしを実現するために、心身の機能を改善すると共に、練習の難易度を段階づけたり、方法を工夫したり、使用する道具の工夫をしたりしている。脳血管疾患や頭部外傷後の高次脳機能障害をお持ちの方とも、以前の暮らしで大切にしていたことを再開できるよう、色々なことに取り組んできた。

経験と失敗と成長

 作業療法の対象者にとっては、新しいことへの挑戦の連続である。身体に麻痺が生じていたり、記憶がおぼろげな中、それまで当たり前にできていたことが急に難しくなって目の前に立ちはだかる。片手で着替えることはとても難しいし、冬場に重ね着をすると一段と難易度が上がる。挑戦を阻むのは、病気や事故による後遺症や、加齢に伴う体力低下だけではない。「リスク管理」「危ないから」ということで、何かをする(≒自立する)ことが制約される状況には病院、施設、在宅・・・と様々な場面で直面してきた。「心配だから移動は車椅子にしましょう」「危ないので買い物はヘルパーさんにお願いしましょう」「料理はやめておきましょう」・・・。誰もが、対象者のことを思ってこういった発言をされるのだが、事故(転倒など)を防ぐために、対象者の自立を阻んでしまっている。確かに何もしなければ転ぶこともなければ火傷をすることもない。しかしながら、その分体力は低下するし、料理の勘も鈍ってしまう。運動面だけでなく、料理や買い物を首尾よく遂行していくためには、記憶力、計画性、実行力など、様々な能力が求められるので、そういったことをしなくなってしまうと、認知機能が低下してしまう可能性もある。私たち支援者は目の前のリスク(転倒など)を回避することは得意だが、将来を想定しながらリスクと付き合って暮らしていくためのアイディアの提供はまだまだ不得手かもしれない。

リスクマネジメントとは

 2005年の日本リハビリテーション医学会では、リハビリテーション医療におけるリスクマネジメントに関する教育講演があった。実に当たり前のことかもしれないが、事前に対象者の能力を正確に把握する(評価する)ことで、将来起こり得る医療事故を想定し、事故が起きた後のための準備をしておくことの重要性が述べられている(1)。つまり、何もしないのではなく、万が一の想定と備えをし、リハビリテーションを進めていくことが推奨されている。

 脳卒中ガイドライン(2)でも認知障害(高次脳機能障害)に対するリハビリテーションとして、注意障害や記憶障害、半側空間無視などに対して効果が認められている介入方法(機能訓練)が示されているが、日常生活に汎化させる段階においては手探りのことも多い。そのため、支援者は対象者をまずよく知る必要がある。対象者が苦手としていることはリスクを回避するために重要な情報となる。そして、対象者の人柄、長所、周囲の環境などを知ることで、目標達成の糸口も見えてくる。

 リハビリテーションは、「教育、仕事、レクリエーション、家族の世話など人生の有意義な役割に参加できるようにするためのもの」と定義されている(3)。仕事や遊びなど、何かをする前に「失敗してはいけない」と考えると、萎縮してしまうのではないだろうか。人生では、「失敗」はつきものである。私も子育てでは失敗の連続で、もっと別の伝え方(叱り方)があったのでは? と反省することも多い。例えば宿題の見直しを一緒にしていて、「なんでこんな簡単なの間違っちゃうの?」などと子どもに伝えてしまうと、新しい答えを書くことを躊躇させてしまう・・・。

挑戦者と伴走者

 今回は年明けのコラムということもあり、テーマを「新しいことに挑戦する!」とした。このテーマは長男が3歳から通っている体操教室に掲げられているテーマの1つでもある。教室では、親から見ていても「こんなことできるの?」という挑戦に溢れている。先生方は子どもたちをよく見ていて、一人一人の能力に合わせて補助の力やタイミングを微調整されているし、安全のためのマットなどの準備、さらにはそれをサポートする先生たちと、阿吽の呼吸である。自身の臨床を思い起こすと、対象者と何かに取り組むときに過剰に介助してしまっていたのでは? スタッフ間で情報共有が不十分なことも多かったのでは? と反省する。

 コラムを書きながらふと、障害の有無に関わらず、成長と共に「挑戦する」ことを避けてしまっているのではないだろうかと感じた。大人になるにつれ、失敗することを恐れてしまう。

 「失敗しても下を向かない」

 この言葉も体操教室に掲げられている。私たち支援者は、対象者が上を向いた時、「失敗しても大丈夫」と思ってもらえるような事前の準備や言葉がけをし、一緒に挑戦する存在でありたいと改めて決意した。

 2022年。みなさんはどのような挑戦をされますか?

 

(1)前田真治:リハビリテーション医療における安全管理・推進のためのガイドライン.The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine 44(7): 384-390, 2007.

(2)一般社団法人日本脳卒中学会 脳卒中ガイドライン委員会:脳卒中ガイドライン2021.株式会社協和企画,2021.

(3)World Health Organization:Rehabilitation ”What is rehabilitation”. https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/rehabilitation

 

中本 久之

東京都出身。2007年東京都立保健科学大学保健科学部作業療法学科卒業後、医療法人社団永生会永生病院に入職。2012年首都大学東京大学院人間健康科学研究科作業療法科学域博士前期課程修了。2013年 医療法人社団永生会永生クリニック退職後、2014年より帝京平成大学健康メディカル学部作業療法学科助教として教育に尽力中。