高次脳機能障害支援コラム<3>

 第3回を迎える本コラム。食事の席で我慢ができず泣くことも多かった末っ子もよく話すようになり、「食べていい?」と(上目遣いで)許可をもらうようになってきた。3回目のコラムは「共生」をテーマとした。大きく出てしまったが、「家族」、「ご近所」、「学校」、「職場」・・・、地域の輪が広がる中で、共生はすぐ隣にある。今回は、共生と支え合いについて考えていきたい。

 

支援のHow toはない

 大学や地域での高次脳機能障害に関する講義、講演では「どうすれば良いですか?」という質問を受けることが多い。例えば記憶障害がある方には、メモリーノートのなどの補助手段が有効と言われているものの(1)、症状によっては活用できない場合もある。言われたことを書くことが追いつかずにメモリーノートを作成できない、ノートを見ることの記憶が定着せず、記憶の想起にノートを活用できない場合などである。さらに、高次脳機能障害には様々な症状があり、1つのみではなく、複数の症状を併せ持つ方が多い(2)。症状が複数になることによって、個別性が高くなるのが高次脳機能障害支援の難しさである。

 本にはこう書いてあるけど、うまくいかない・・・。ご家族、支援者として対応に苦慮されている方は、このような状況に直面しているのではないでしょうか。私自身も病院勤務時代に度々経験した。支援の原則(効果があるとされる方法)を知っていることは重要だが、決まった方法(How to)はない、と最近は考えるようになった。決まった方法はないが、支援で大事にしていることが2つある。

 

支援者に大切な2つの視点 その①

 支援者にとって大切な視点の1つ目は、「相手をよく知る」ことである。専門的には「評価」となる。脳の損傷部位、神経心理検査結果、日頃の様子を関連付けることが相手を知るために必要である。もちろん、高次脳機能障害になる前の様子や性格を知っていることも大切なので、身近な方から話を聞くことも大事にしている。例えば、「前頭葉損傷」の場合は一般的には「注意障害」「記憶障害」「遂行機能障害」「社会的行動障害」などが生じやすいとされている。しかし、これら全ての症状が生じるとは限らず、症状の程度も個別性が高い。そのため、神経心理検査結果も参考にしたい。例えば「注意」という機能は「焦点性」「持続性」「選択性」「転換性」「分配性」と複数の機能に分類される(3)。日常を垣間見てみると、話を聞き始められるがすぐにTVの方を見てしまう、冷蔵庫から必要なものは出せるのだがパスタの茹で時間を気にしながらソースを作ることができない、など日常での困り事も様々である。当事者の得意なことと苦手なことを周囲の人が把握することで、対処法も一緒に考えやすくなる。TVを消して話に集中しやすくする、パスタソースを先に準備して、麺の茹で上がりの時間に集中しやすくするなど、特徴に合わせた方法を考える。

 

支援者に大切な2つの視点 その②

 「相手をよく知る」という点で日頃の様子について具体例を出したが、支援者にとって大切な視点の2つ目は「目標」「目的」である。「何をできるようになりたいのか」「なぜできるようになりたいのか」ということを当事者と支援者が共有していることが重要である。「注意障害」だから注意力を上げましょう、気をつけてやりましょう、では解決しないことが多い。日常の困りごとや、できるようになりたいことを共有し、「どうしたらできるか?」という視点で支援をすることが重要である。前回のコラムでも触れたが、人は様々な経験を通して認知機能や運動機能を高めていく。「○○をできるようになりたい」ということに対して、当事者主体でチャレンジしていくことが、結果的に高次脳機能の改善にも寄与する。

 

共生と支え合い

 我が国は現在、超高齢社会を迎え、2050年には65歳以上の人口と20〜64歳の人口がほぼ同数になると予測されている。高齢者の5〜6人に1人が認知症を有しているとされ、何かしら不自由さを持って生活をしている方がどんどん身近になってくる。児童期でも境界知能にあり、授業についていくことに苦労している児童も14%程度いるとされている(4)。

 つまり、どんな年代でも支え合っていくことが重要となる。支え合うときにはやはり「相手をよく知る」ということが大切である。このコラムを読まれている方は、人生のどこかで誰かを支えた経験はないだろうか。そのときに、「○○の機能を高めよう!」と考えるのではなく、「○○をできるようにするにはどうしたらよいか?」と考えたのではないか。つまり、目の前の方の困り事に着目し、それを解決する方法を探ったはずである。

 今回、3回のコラムを通して心がけていた点としては、「高次脳機能障害」という難しそうな言葉のハードルを少しでも下げようということである。我が国では年間、120万人弱の方が脳血管疾患で病院に入院・通院している(5)。その中で高次脳機能障害を有する方は30〜50万人と推計されているが(6)、認知症を有する方と比較するとその数は少なく、支援が行き届かないのが現状ではないだろうか。「○○障害」という名称に躊躇せず、目の前で困っている方に手を差し伸べることがこれからの共生社会では求められると考えている。子育てや介護、教育、認知症サポーターとしての活動、オリンピックでのボランティアなど、何かしらの形で「サポーター」をした経験は必ず応用することが可能である。

 

 息子たちと熱中している漫画の中に「人のためにすることは結局 巡り巡ってじぶんのためにもなっているものだし」というセリフがある。

 

 私の祖母も高齢になり、身の回りのことにも手伝いが必要になってきた。デイサービスでも手伝ってもらうことが多いが、他の利用者さんの話の聞き手をよくしていて、話を聞くと喜んでもらえると、嬉しそうにしている。

 

 「なにか手伝いましょうか」「ありがとう」「どういたしまして」

 

 このような温かな言葉に溢れる未来を願う。

 

おわりに

 3回のコラムにお付き合い頂き、ありがとうございました。少しでも誰かに手を差し伸べるきっかけになれば幸いです。また、当事者の気持ちは当事者の方でしか真に理解できないことも多いと思います。当事者同士、ご家族同士のピア(peer)の関係が深まることも支え合いの1つの形と考えております。自分の強みが誰かの支えになる。そのような支え合いをもっと広めていきたいと思っております。

 

 

 

(1)日本脳卒中学会 脳卒中ガイドライン委員会:脳卒中ガイドライン2021.協和企画,2021

(2)Takeuchi, T., Desmond, D., et al.: Cognitive impairment after stroke: frequency, patterns, and relationship to functional abilities. Journal of Neurology, Neurosurgery, and Psychiatry 57, 202-207, 1994

(3)鎌倉矩子,本多留美:高次脳機能障害の作業療法.三輪書店,2010

(4)宮口幸治:ケーキの切れない非行少年たち.新潮社,2019

(5)「平成29年患者調査の概況」(厚生労働省):https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/10-20-kekka_gaiyou.html(2022年2月19日)

(6)栗原まな:小児高次脳機能障害の実態調査.小児科診療 73:1622-1627, 2010

 

 

本 久之

東京都出身。2007年東京都立保健科学大学保健科学部作業療法学科卒業後、医療法人社団永生会永生病院に入職。2012年首都大学東京大学院人間健康科学研究科作業療法科学域博士前期課程修了。2013年 医療法人社団永生会永生クリニック退職後、2014年より帝京平成大学健康メディカル学部作業療法学科助教として教育に尽力中。